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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)247号 判決 1973年3月19日

控訴人 魯鐘洙

右訴訟代理人弁護士 上村勉

被控訴人 中央不動産有限会社

右代表者取締役 郭少東

右訴訟代理人弁護士 木村健一

同 徳永健

主文

一、(原審昭和四二年(ワ)第六、三六九号事件、同昭和四五年(ワ)第四、八〇五号事件、同昭和四五年(ワ)第四、八〇六号事件について)

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

(三)  原裁判所が原審昭和四五年(ワ)第四、八〇六号事件につき、昭和四五年五月二八日になした強制執行停止決定は、これを取り消す。

(四)  前項にかぎり仮に執行することができる。

二、(原審昭和四五年(ワ)第四、六三一号事件について)

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  当審における請求にもとづき、

1  訴外郭笑娥と被控訴人との間の昭和四〇年八月一〇日になされた原判決書添付・別紙物件目録に記載の不動産(以下、本件不動産という)についての売買契約を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、被控訴人が本件不動産につき、東京法務局昭和四〇年一二月三日受付第二〇、六一三号をもってした同日付売買予約による所有権移転請求権仮登記の抹消登記手続をしなければならない。

三、訴訟費用は、第一審関係の分(本訴・反訴とも)は控訴人の負担とし、第二審関係の分は被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求をいずれも棄却する。被控訴人は控訴人に対し、被控訴人が本件不動産につき、東京法務局昭和四〇年一二月三日受付第二〇、六一三号をもってした同日付売買予約による所有権移転請求権仮登記の抹消登記手続をしなければならない。」との判決および当審における新たな請求として、主文第二項の(二)と同旨の判決をそれぞれ求め、

被控訴代理人は、控訴棄却の判決および控訴人の当審における新たな請求につき請求棄却の判決をそれぞれ求めた。

当事者双方の事実上および法律上の陳述ならびに証拠の関係は、次に訂正・付加するほか、原判決書の事実欄に記載されているのと同じであるから、これを引用する。

(訂正)

一、原判決書二丁表二行目の「六三九二」とあるのを、「六三六九」と訂正する。

二、「原告」とあるのを、「被控訴人」と、「被告」とあるのを、「控訴人」とそれぞれ訂正する。

(控訴人の陳述)

一、控訴人が訴外郭笑娥と被控訴人との間の本件売買が無効であると主張する事由は、次にあげるとおりである。

(1)  本件売買契約書の第一項、第四項によれば売買代金は昭和四一年八月一〇日限り支払うこと、これに違反した場合には直ちに解約とみなされることになっているが、右代金の支払いはその期日後の昭和四一年九月二四日以降であって、当然解除された後のことである。右約定期日までに代金の支払いがなされなかったことは被控訴人の自認するところであり、しかも期限を経過すると当然に解除とみなされるのであって、被控訴人の主張するように売主が解除するか否の自由を有するものではない。同第二項によれば、代金完済後登記をすることになっているのに、代金も手付も支払われていない時点の昭和四〇年一二月三日に仮登記がなされている。また同第六項によると、登記完了までは訴外郭笑娥が本件不動産を使用することになっているのに、被控訴人はその前の昭和四三年三月頃からこれを使用し今日にいたっている。第八項の文章の意味は不明である。以上のとおり契約書記載の八項目のうち第一、第二、第四、第六、第七項目は無視されており、とうてい真実に合致する契約とは考えられない。

(2)  本件売買代金の授受を証するため提出された領収証には、但書の記載はもとより割印もなく、その筆蹟からみて本件売買契約書と同時に作成したものと思われる。

(3)  本件売買代金の支払いが現金でなされたか小切手でなされたかにつき、訴外郭笑娥と被控訴人側の供述とに相違がある。被控訴人の預金元帳によると、その出金はいずれも現金となっており、被控訴人代表者の供述と合致せず、他にこれを裏づけるのに足りる証拠方法はないから、右供述は信用できない。

(4)  本件売買契約書、代金領収証の署名日付当時訴外郭笑娥が在日していても、右書面には確定日付がなく、在日中に作成したことを認めるのに足りる証拠もない。

(5)  被控訴人は本件売買契約が成立したのは昭和四〇年八月一〇日だと主張するが、登記簿によれば、登記原因は昭和四〇年一二月三日売買予約となっており、日付が合致しないばかりか、予約が後行しておりとうてい納得できない。また被控訴人は右売買の予約完結につき何らの主張立証をしていない。

(6)  訴外郭笑娥はハワイで結婚するため本件不動産を処分したいと思っていたというが、同人はすでに昭和三〇年代から営業一切を城山某に任せており、右処分は同人のハワイでの結婚とは関連がない。

(7)  タイプ料の領収証については、その作成名義人がその成立を認めたものではなく、これを裏づけるのに足りる金銭出納帳などの証拠がない。

(8)  供託金の取戻し、仮登記申請はいずれも郭笑娥の出国中になされている。とくに供託金の取戻しは昭和四〇年一一月一〇日になされており、取戻額は元利合計四四六万四、四八〇円の多額にのぼっている。控訴人はこれを仮差押するため法務局を調査していたところ、すでに取戻しがなされていたため、本件不動産を仮差押したのである。そして、被控訴人は、執行停止保証金三〇〇万円を稔出するため供託金の取戻しをしたと述べているが、右停止決定は昭和四〇年一一月四日付でなされており、取戻前に供託していることが明らかである。訴外郭笑娥の関知しないうちに供託金取戻しが行なわれたとすれば、本件売買も同様に同人の関知しないうちに行なわれたものであるとも考えられる。

(9)  被控訴会社代表者郭少東は、控訴人と訴外郭笑娥との賃貸借につき当初から関与しており、その間の経過の詳細を知っている。

(10)  被控訴人は本件売買代金につき、土地三、〇〇〇万円、建物五〇万円と評価したと述べているが、鑑定人村島穣の鑑定書によると、底地三一〇万円、建物二、〇一七万円と評価しており、売買代金の額および評価が著しく相違しており、この一事からしても本件売買の仮装であることが明らかである。

(11)  本件不動産売買代金の計理上の処理に甚だしい矛盾がある。すなわち、不動産を買い受けた場合の計理上の処理としては、契約が効力を発生したとき(本件では引渡しが完了している)に仕訳をするのが企業会計の原則であるところ被控訴会社の現金出納帳によると昭和四一年九月二四日本件土地を三、〇〇〇万円で普通預金により買い求め、同年一〇月七日本件建物を五〇万円で買い求めた旨の記載がなされている。しかしながら、もし土地代金を支払った昭和四一年九月二四日に効力が発生したとすれば、建物についても同日付で借方建物五〇万円、貸方未払金五〇万円と仕訳をすべきであるのに、これがなされていない。

被控訴会社の昭和四一年九、一〇月の現金出納帳と取引銀行の預金元帳とは現金勘定において一致すべきであるところ、後者によると九月二一日現金三、〇〇〇万円の入金、同月二四日の同額出金、一〇月七日五〇万円出金となっているに、前者の該当日にはなんらの記載がない。これによると、前者は作為的に作成されものとみるべきである。同じく取引銀行の昭和四二年四月一四日付計算書によると、差引申受額三一万五、〇〇〇円となっており、現金または小切手によって右の金額が支出されているはずであるにもかかわらず、被控訴会社の出納帳の該当欄にはなんらの記載もない。

要するに、被控訴人の提出にかかる証拠書類の間には相互に連絡がなく、商業帳簿としての用をなさず、売買代金の動きを立証するための裏づけ証拠としての価値が認められない。

二、控訴人が訴外郭笑娥に対し賃料相当の損害金債権について執行力ある債務名義の正本を有し、度々その執行をしようとしたところ、執行ができなかったばかりか、被控訴人らが共謀のうえ積極的に執行を妨害した。

三、当審における新たな予備的請求(詐害行為による売買の取消しについて)

(1)  (債権の存在)控訴人の訴外郭笑娥に対する損害金債権は昭和三六年五月七日より係争建物部分の明渡しずみまで一か月二〇万円の割合による遅延損害金であり、同訴外人は昭和三六年一一月一日から同四〇年一〇月四日までの一部が供託されていたところ、同年一一月四日には不受諾を理由に取戻請求がなされ、同月一〇日これが還付を受けている。控訴人は受領拒絶をしないので右供託は無効である。したがって、被控訴人が本件不動産売買の日と主張する昭和四〇年八月一〇日、または仮登記の日である同年一二月三日には控訴人の訴外郭笑娥に対する債権が存在する。少なくとも昭和三六年五月七日から同四〇年一〇月三〇日までの損害金はいずれにしても存在する。

(2)  (詐害の意思)被控訴会社代表者郭少東は、訴外郭笑娥が代表者である訴外美妙興業有限会社として本件不動産を利用して飲食店営業をするにつき実質的な経営補助者であったから、郭笑娥が本件不動産を処分すれば控訴人を害することになるのを知っていた。また右訴外美妙興業有限会社は訴外郭少東ら郭一家の設立した会社であるが、資産もなく業績が上らないため昭和三六年頃その営業をやめてしまい、その後破産宣告を受けている。控訴人は訴外郭笑娥に多額の債権をもっており、その引当財産は本件不動産だけであり、訴外郭少東は被控訴会社の代表者として本件売買の決裁をしていて、それが控訴人を害することを知悉しておりながら、本件売買契約を締結したのである。また原審においてした証人郭笑娥の証言は、まったく要領を得ないものであったが、これは自分で控訴人を害するため本件不動産を売却したので、明確な供述ができなかったためである。

(3)  (詐害行為)以上によって、訴外郭笑娥の被控訴人に対する本件不動産売却行為は、詐害行為として取消しの対象となるべきものである。

(被控訴人の主張)

一、控訴人の当審における主張第一項について。

同項の(1)において、控訴人は、売買代金の支払いが約定の支払日を遅れたので当然解除されているはずであるというが、売主が解除するか否かはその自由であって、解除されていない以上、売買が成立していることは極めて当然のことである。また本件契約においては、本登記は代金完済と同時にされることになっているが、仮登記については別段の定めがないから、当事者間に合意が成立すればいつでも自由に登記できるのである。

同項の(2)において、控訴人がその主張にかかる書証について述べるところは、まったくの推測である。

同項の(3)に指摘する売買代金の支払方法についての供述の相違は、本人の記憶違いということもありうるのであって、書証が存在する以上それほど影響を与えるものではない。

同項の(4)で控訴人はその主張にかかる書証に確定日付がないというが、通常の場合必要以上に不当な要求である。

同項の(5)で指摘するとおり、売買契約の成立と登記簿上の表示にくいちがいがあるが、それは現実に登記申請手続を行なう司法書士の判断によるものであって、別段異とするに足らないことである。

同項の(6)については、営業を第三者にやらせていることと、ハワイでの結婚のための本件不動産処分とは直接の関係がない。第三者に営業させていても、その不動産を処分することがあるのは当然のことであり、その処分の目的がハワイでの結婚のためということであるから、何ら不自然はない。

同項の(7)について、タイプ料の領収証について作成者本人の証言がないというが、それは単なる証明力の問題であり、売買契約書作成当時の頃にこのような領収書のあること自体で十分である。

同項の(8)については、仮登記申請、供託金取戻しが訴外郭笑娥の関知しない間に行なわれたものであるから、本件売買も同人が関知しないという主張はまったくの推測の域を出ない。

同項の(10)において指摘する鑑定書は、不動産競売事件のために作成されたものであるから、現実の価値とは若干のくいちがいがあるものである。本件売買は三、〇五〇万円でなされているが、右鑑定書の評価額との差はそれほどではないし、仮に差異があってもそれは当事者の自由に属する。控訴人はまた鑑定書の評価の仕方がちがうというが、それは単に方法の差異であるにすぎず、通常人の売買において、土地、建物双方の売買の場合には土地部分の評価を重要視し、その更地価格を基準にするのが通常である。右鑑定書は、土地評価を三一〇万円とするが、固定資産評価額が一五、四九万五、〇〇〇円であることを考えると、特殊な評価方法としか考えられない。

同項の(11)については、被控訴会社の帳簿におけるくいちがいであるが、被控訴会社では現金科目欄にすべての金銭の出入が記載されるのではなく、現金扱いをしたものだけを記帳しているため、所論のような結果となったにすぎない。

二、同第二項について。

被控訴人がどのように執行を妨害し、それが本件とどのような関連性があるのか分らない。

三、同第三項について。

本件不動産の売買については、昭和四〇年八月一〇日に契約が締結され、その後に仮登記がなされているが、被控訴人らが詐害の意思を有していたならば、直ちに仮登記をしたり、または直接本登記をしてしまうはずである。これからみても被控訴人に詐害の意思がなかったことが明らかである。さらに訴外郭笑娥は、控訴人から賃借している物件の賃料につき昭和三六年五月以降本件売買契約締結後数か月も供託を続けてきており、したがって本件売買契約当時に訴外郭笑娥には詐害の意思があったとはいえない。これに加えて本件不動産の売買価格は相当価格であったから、いずれにしても詐害行為となるものではない。

(証拠の関係)≪省略≫

理由

一、本件不動産がもと訴外郭笑娥の所有であったこと、被控訴人が本件不動産につきその主張のとおりの仮登記を経由していること、控訴人が本件不動産につき、被控訴人主張のとおりの仮差押決定を得て、これにもとづく仮差押登記がなされており、かつ、同じく被控訴人主張のように強制執行をしたことは、いずれも当事者間に争いがなく、本件不動産につき被控訴人主張のとおりの強制競売開始決定があり、その旨の登記記入がなされていることは控訴人が明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

二、被控訴人が本件不動産の所有権を訴外郭笑娥から売買によって取得したと主張するところ、当裁判所はその主張を正当であると判断し、また控訴人が右売買は通謀虚偽表示により無効であり、かつ、右売買は執行免脱罪を構成するため公序良俗に反し無効であると主張するが、当裁判所はこれらはいずれも失当であると判断する。その理由は、次に付加・訂正し、「原告」とあるのを「被控訴人」と、「被告」とあるのを「控訴人」とそれぞれ訂正するほか、原判決書の理由欄に記載されているのと同じである(原判決書九丁裏三行目の「原告は」より、同一三丁表一行目末尾まで)から、これを引用する。

(1)  原判決書九丁裏六行目の冒頭より、同七行目の「本人の結果によれば」までを削り、これに替えて、「五号証、第一一号証の一、二、原審における被控訴会社代表者尋問の結果およびその結果によって真正に成立したものと認める甲第七ないし第九号証、原審証人郭笑娥、原審および当審証人竹野清吉の各証言を総合すれば」と付加する。

(2)  同一一丁表一〇行目の「同年一一月」とあるのを、「同年一〇月」と訂正する。

(3)  同一一丁裏三、四行目の「証人竹野清吉の証言により真正に成立したものと認められる」を削り、同丁裏一〇行目の「いずれも」より、同一一行目の「第九号証」までを削り、これに替えて、「甲第七ないし第九号証」と付加する。

(4)  同一二丁裏三行目の冒頭より、同四行目の末尾までを削り、これに替えて、「これらの事実を併せ考えるならば、訴外郭笑娥が本件不動産を被控訴人に」と付加する。

三、次に控訴人は、訴外郭笑娥と被控訴人との間の本件不動産についての前記売買契約が詐害行為にあたると主張するので、これを審究する。

(1)  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められ、これを動かすのに足りる証拠はない。

控訴人は昭和三二年七月一三日訴外郭笑娥に対し控訴人所有の中央区銀座西六丁目五番地の四所在家屋番号同町六三番(現在の表示、中央区銀座六丁目一〇五番地四所在家屋番号一〇五番四の三)木造瓦葺二階建店舗一棟を、賃貸借期間は同日から五年間、賃料は一か月八万円の割合とするなどの約で賃貸し、右同日その旨の記載のある公正証書を作成し、その頃右不動産の占有を引渡したが、賃借人郭笑娥の弟であって被控訴会社代表者(昭和四〇年七月三日就任)である郭少東は、郭笑娥の依頼によって右賃貸借契約の締結に関与し、公正証書の作成のさいにも同席し、その契約内容を承知しており、その他夫がなく一男一女をかかえて生活する姉郭笑娥より営業その他につき相談を受けていた。ところが、その後訴外郭笑娥が控訴人に無断で右賃借家屋を増改築し、かつ、無断転貸したという理由で控訴人との間に紛争を生じ、控訴人は昭和三六年五月六日郭笑娥に対し同人との間の右建物の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をするとともに、同年中に東京地方裁判所に対し郭笑娥らを被告として、右建物中の占有部分の明渡と、昭和三六年五月七日より右明渡ずみにいたるまでの一か月二〇万円の割合による遅延損害金の支払いを求める訴訟を提起し(東京地方裁判所昭和三六年(ワ)第五、二二八号事件)、その審理がすすみ、本件不動産の売買契約が締結された昭和四〇年八月一〇日頃はすでに判決言渡しの直前であった(同判決は昭和四〇年一〇月二九日に言い渡された)。訴外郭笑娥は右建物の契約解除の意思表示があった後、控訴人がその賃料を受領しないので、昭和三六年五月二二日分より一か月八万円の割合による賃料相当の金員を供託していたが、控訴人がその還付請求をしないため、右訴訟に敗訴したときはもとより、勝訴したときでも多額の賃料ないし損害金(昭和三六年五月七日より本件売買契約の締結された同四〇年八月一〇日まで、一か月八万円の割合による賃料債務が合計約四〇八万円、一か月二〇万円の割合による損害金債務が合計約一、〇二〇万円であることは計数上明らかである)を支払わねばならぬ状態の生ずるおそれがあった(弁済供託として有効か否かの問題があるため右のような状態の生ずるおそれがあり、しかも被控訴会社代表者郭少東も前記のような訴外郭笑娥との特殊な関係から、以上の事情を知っていたものと推認される)。訴外郭笑娥は右建物の賃借人ではあるが、同建物の事実上の管理使用は他人に委ね、自身はしばしば外国に旅行したりなどしており、わが国では渋谷区内に長男の郭熾源および長女の揚鳳清らとともに居住しており、また本件不動産の売買当時には、その所有に属する同不動産以外にはほとんどみるべき財産を所有しておらず、被控訴会社代表者郭少東もその事実を知っていた。被控訴会社は資本金二〇〇万円の小会社であって、本件不動産のように三、〇〇〇万円を超す高額な物件を急いで買い入れねばならぬ事情ないし必要性があったとはみられないし(原審証人竹野清吉は、被控訴会社としては、本件不動産上に将来ビルを建築する計画であったと供述し、原審において被控訴会社代表者郭少東は、ある人から前々から買取りたいと頼まれており、その人に売ろうと思っていたと供述しているが、これらの事実を裏づける確証がないほか、その後における経過にてらすときは、いずれもあいまいであってとうてい信用しがたい)、その買取資金の調達の目算も必ずしも明らかでなかった(≪証拠省略≫によると、本件売買代金は契約成立の日から一年以内に支払う旨の約定がなされていたが、結局一年以上経過した昭和四一年九月二四日に内金三、〇〇〇万円、同年一〇月七日に残金五〇万円を支払っている)。

(2)  ところで、債務者がその所有不動産を相当な価額で売却した場合であっても、これを容易に消費しまたは隠匿するなど散逸の機会が容易な金銭に代えることは、それを公租公課の支払など有用の資に充てまたは有益な物件を購入保有するなど特別な事情が認められないかぎり、右売却行為は詐害行為にあたるものと解するのが相当である。これを本件についてみるのに、本件不動産の売買価額が相当であるとしても、前記のような特別な事情の主張立証はなく、控訴人に対し約四〇八万円ないし一、〇〇〇万円余という多額の債務を有する訴外郭笑娥が、唯一の財産である本件不動産を被控訴会社に売却しその対価として金銭を取得することは、債権者たる控訴人を害することが明らかであり、しかも前記認定の事実によれば、右訴外人はもとより買受人たる被控訴会社においても本件不動産の売買が債権者たる控訴人を詐害するにいたることを十分に知っていたものと認めるべきである。

(3)  してみれば、訴外郭笑娥と被控訴会社との間に昭和四〇年八月一〇日締結された本件不動産についての前記売買契約が詐害行為であるとし、その取消しと被控訴会社が本件不動産についてしたその主張にかかる仮登記の抹消登記手続を求める控訴人の請求は理由があるといわなければならない。そして、右売買契約が有効であることを前提とし、右仮登記にもとづく本登記手続をすることの承諾および本件不動産についてなした強制執行の不許を求める被控訴人の請求はいずれも失当たるを免れない。

四、よって、被控訴人の原審昭和四二年(ワ)第六、三六九号事件、同昭和四五年(ワ)第四、八〇五号事件、同昭和四五年(ワ)第四、八〇六号事件の請求はいずれも理由がないので、これと異なる原判決を取り消したうえ、被控訴人の請求をいずれも棄却し、さきに原裁判所のした強制執行停止決定の取消およびその仮執行の宣言につき民事訴訟法五四九条四項、五四八条を適用し、控訴人の原審昭和四五年(ワ)第四、六三一号事件のうち本位的請求は理由がなくこれを排斥した原判決は相当であるため本件控訴を棄却するが、当審における新たな請求はいずれも理由があるのでこれを認容し、かつ、訴訟費用の負担については、控訴人の当審における新たな請求が認容されたことを考慮し、民事訴訟法九六条、九一条および八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 畔上英治 裁判官 岡垣学 兼子徹夫)

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